自産の匠烈伝

2022年10月11日

自産の匠烈伝⑤ 〜大自然の力で育てる〜

大自然の力で育てる

西村真功さん(50)=高知県四万十町若井

雑草と共にたくましく育った農林22号。
稲の持つ本来の旨味が十分に引き出されている
(高知県四万十町若井)

 四万十川中流域に広がる四万十町は、実りの秋になると町の景色が黄金色に変わり始める。四万十川水系の豊かな自然に抱かれた水田で、南国土佐の太陽をいっぱいにあびた稲が収穫時期を迎え始めるからだ。

 同町若井の西村真功(まさよし)さんも米農家の一人だが、多くの農家と違う栽培方法に挑戦している。それは、現在注目されてきている「自然農法」。病害虫を防除するための農薬類は一切使用しない。そして、化学肥料はもちろんだが、鶏糞や牛糞などの有機肥料も全く使わない。人間の関わりを極力抑え、自然の力だけで作物を育てる農法だ。

 「本来の自然の土壌は、何もしなくても豊かな作物を育てることが出来るはずなんです。人間の仕事は自然の力を引き出すだけでいい」

 西村さんが1町3反の水田で育てる米は、すべてこの自然農法だ。入念に下準備した水田に苗を植え、40~50日までは丁寧に除草作業を行う。しかし、その後は、畦の草管理などをしながら毎日見守るだけだ。放置状態に近いのだが、日々稲の状態を見ることが重要なのだ。このため、西村さんの水田は稲の株の下にかなりの雑草が生い茂る。雑草と共に成長し、雑草に負けない強い稲に育っていくわけだ。そうすることによって、稲本来の旨味や甘味が引き出され、市販のものとは全く違う美味しい米が出来上がっていく。

 通常の米を都会の恵まれた環境で育った優等生だとすれば、西村さんの米は田舎の大自然にもまれて育った野生児という感じだろうか。適度なストレスを与えることによって、その品種が持っている潜在能力を極限まで引き出しているのだ。強く育った稲は、他から病気が飛んでこない限り、イモチなどの病気にはかからないという。

 「雑草も土が良くなっていけば落ち着いてくるはずです。実際に生えにくくなっている田んぼもありますから。でも、まだまだ分からないことだらけ。日々、試行錯誤の連続です」

 そんな言葉が出るのも無理はない。西村さんは農家の次男ではあるが、まだ就農4年目の新米農家だ。地元の小中高を出て自衛隊で3年間勤務。その後、大阪の電気工事関係の企業に長い間務めた。田舎に帰って農業に携わろうと思い始めたのは40を過ぎてから。「どんな農業がいいのだろうか」――自分なりに研究を始め、興味を惹かれる農業を見つけると、積極的に研修にも出かけた。その中で、「これだ」と確信したのが、今挑戦している自然農法だ。

 「そこの農場で採れた生のニンジンを口にしたとき衝撃が走ったんです。私は田舎の農家の生まれだけれど、今まで食べたことのない味だった。雑味が全くない、透明感のある美味しい味。こんな作物を作りたいと覚悟を決めました」

 その農場で1年間研修した後、2018年から地元に帰って就農した。幾つかの野菜も手掛けたが、今メーンにしているのは米で、品種は農林22号。コシヒカリの直系の親となる古くからの品種だ。地元で農林22号を自家栽培している農家から種籾を譲り受けて、自家栽培で育てている。

 「農作物はそこの自然に最適な性質の種を自ら作って、次の世代に受け継がせていく。だから、自家栽培を続けていくと、その地域に最適の作物に進化していくんです。そうすることによって、病害虫にも強い丈夫な米が育つわけです」

 就農初期は、自然農法に関する書籍を読んだり、色んな情報を調べたりしていたが、最近はほとんどしていないという。気候条件や土壌の質など数多くの条件が複雑に絡み合う自然の中では、同じ環境の場所はほとんどない。結局、「自分の耕作している環境に合った農法は自分で確立するしかないと」いう考えに到達したのだという。自らの力で、自らの圃場に最適の手法を生み出していく。それはまるで、世代を重ねるごとに環境に適合するように進化する植物と同じだ。

 「今年もいい感じで実り始めてます」

 収穫間近の水田を見つめる西村さんの眼差しは柔らかい。手に取った稲穂には、ふっくらと実った粒ぞろいの米が揺れる。谷沿いに広がる水田に爽やかな初秋の風が吹き抜けた。大自然のたくましい息吹が聞こえるような気がした。

(野本裕之=フリーライター)

西村真功さんの作ったお米はこちら

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